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早々に目覚めた。

シャワーを浴び、荷物をまとめる。

止まったホステルは目抜き通りにあり、美しい景色が見られた。

朝食を出してくれるようだが、時間の指定などは特にされなかったため、コーヒーでも飲むかと思い、ダイニングに向かう。

学生時代にドイツに引っ越して来たブラジル人の兄ちゃんと暫し話す。

コーヒーマシンの使い方がよくわからなかったので、淹れ方も教えてもらった。

ドイツからコソボは直行で2時間ほどで来られるらしい。

日本からだと最短はドイツ経由になるのだろうか。

日本にも行きたいが、物価が高いから中々…と語っていた。

セルビアでデンマーク人の兄ちゃんにも言われたっけ。

交通費は確かに高いが、外国人向けのフリーパスもあるため、そこまでではないと思うが…

「そう?最近はそうでもないよ。ローマとかのが高いよ」と話すと、「だって寿司高いじゃん、一回で4万とか…」

「どこの話??」

「銀座」

当たり前である。

彼には一皿100円のはま寿司を勧めておいた。

日本に来たら是非とも食い倒れて欲しい。

話していると、オーナーの奥さんが朝食を作りに来てくれた。

ゆで卵を作り、冷蔵庫のチーズを出し、パプリカのペーストとジャムをショットグラスに入れ、テーブルに準備していく。

チーズはかなり濃厚。パンに挟んだ。

パプリカのペーストもパンに塗り食べた。不思議な味だが、美味しく食べられた。

今日はコソボからサラエボまでの長距離旅行である。

直線距離では400キロほどなのだが、セルビアを通るとリスクが高いため、モンテネグロのポドゴリツァ乗り換えのルートとした。

チェックアウト自体は11時だが、バスは夜行のため、街歩きもしたく荷物を預けさせてもらうことに。

バスステーションまでは徒歩で30分ほど。そんな遠いわけでもないので、散歩がてら歩く。天気もいい。

道中、店や学校があった。

駅に着き、夜発車のポドゴリツァ行きのバスチケットを買おうとする。

カウンターを探していると、地元民らしき強面の兄ちゃんに話しかけられた。

「どこ行くんだ?」

「ポドゴリツァ」

「よしこっちだ!」

「あー、引っかかっちゃったな…チップ払わないとな…」

聞いてもないのに全部手配してやるみたいな感じで、終わってから「手配してやっただろ、金出せ」のパターンだと思った。

チケットカウンターで、殆ど代わりに買ってもらう。

「時間はいつだ?一本しかないぞ!これでいいか?」

最終的にチケットは買えた。

「いくら要求されるか…」と身構えたが、何も言ってこなかった。

逆に拍子抜けしたほどだった。バスステーションのスタッフだったのか、単に親切心からだったのかはわからないが、助かった。

この文を彼が読むこと可能性は0に近いだろうが、礼を言わせてもらう。

ありがとう。助かりました。もし日本来て困ることがあったら、日本人があなたを助けてくれる事を強く祈っています。

その後、売店で体に悪そうな、青いファンタを見つけた。セルビアからコソボの国境超えた後の休憩時でも見たが、その時はやめておいた。

意を決して飲んでみる。

「あれ?普通だ。シトラス…?」

そのうち、飲み進めても減らないことに気づく。

というか、減ってるけど青い色はペットボトルの上部から減らない。

単なるペットボトルカラーなのであった。

中の色はほとんどスプライトと同じ。

青は食欲減退のカラーだと聞いたことがある。

需要があるのだろうか…

とりあえず持っていたセルビアディナールはもう使わないので、早めにユーロに両替しようとバスステーションの両替所に足を向ける。

しかし、これが、迂闊だった。

というか、失敗した。

セルビアとコソボの関係はもちろん知ってはいる。しかし、通貨の両替程度は問題ないと思っていた。

所持していたセルビアディナールは4480。その日のユーロのレートでいえば、37くらいになる。

一応、「セルビアディナール両替できる?」と両替所のブルース・ウィルスをめんどくさくしたようなおっちゃんに聞く。

首を縦に振った。 

しかし、渡されたのは27ユーロ。

「足りなくね?」

なんのことだと言わんばかりに首を横に降るおっちゃん。

レートを見せても同じ反応である。

ラチがあかない。

もうめんどくさくなって、立ち去った。

近場の銀行で同じ事を話してみる。

そもそもセルビアディナールからユーロへは両替自体、できないと言われた。

その辺の問題も話せる、ハロートークのセルビア人の友人に聞いてみる。

「それはおかしいね。でも、バルカンの連中はみんなそんなんなんだよ…しかも君は外国人だから、舐められてるのかもしれない。

それと…わかってるかもしれないけど、コソボでセルビアの話題は避けたほうがいいよね。」

…別にたかだか10ユーロ。

勉強代だと思えば諦めもつく。

この問題に貨幣が絡むのは少し考えればわかる事だし、迂闊だった。

猛省した。

勉強代と考えるなら安いくらいであるし、駅のおっちゃんが両替してくれたのは親切心からかもしれない。それはわからない。

しかし。

セルビアまで来て時間があるなら、コソボやその周辺国も寄りたいと思うのは不思議ではないだろう。

セルビアもコソボもまだカードが使えない所は多かった。まだまだ現金は必要なのである。

しかし、これ。

「わかってて来てるんでしょ?」と言われればそれまでだが、違和感はある。

民族間の問題が根深く、難しいことは多少は理解できる。

しかし、観光客には何の関係もない。

そんな事を考えながら旅行しなければならない地域…

僕の平和ボケだろうか?

僕には対立ボケのように思えた。

それが日常故、他から見てどういう風に映るかわからなくなっているのではないか。

もちろん、旧ユーゴや旧ユーゴのそれぞれの人種について侮辱するつもりはない。

そんな事を考えながら散策していたが、日差しが強く、ベンチでアイスを食べていると、品の良さげなおじいちゃんに話しかけられた。

アルバニア語だったのでよくわからなかったが「日本人?」と聞かれたように思う。

「日本から来て、ヨーロッパを旅しています」と英語で伝えた。

最後に握手をして、別れた。コロナでコソボでも被害が出ている。このおじいさんは大丈夫だったかな、とふと考えた。

前述したがコソボでアジア人を見ることは少ない。

それ故ジロジロ見られたり、「チャイニーズ」とからかってくる輩もたまにいるのだが、基本的には皆、いい人たちだと思う。

前述のチケットの兄ちゃんや、時折こうして話しかけてくれる人もいた。

古着屋など回ったが、数も少なく、あまり良い物には出会えなかった。

近くのファストフード店でサンドイッチを食べ、ホステルに戻る。チェックアウトはしたが、リビングに居ても良いと言ってもらえた。

充電しながら、調べ物をして時間を潰す。19時発だが18時少し前には出る気でいた。

リビングにレセプションがあるのだが、たまにMacから音楽が流れて来た。

基本的にはトラップやインディーの最近の曲なのだが、昨日ギターを弾いていると、スタッフの兄ちゃんに「音楽好きなの?」と聞かれたので、「古いロックが好きだよ」と答えた。

それが関係あるかはわからないが、なんと、レッドツェッペリンの「天国への階段」をかけてくれた。

とりあえず掛けとけ、って感じではなく、かけた兄ちゃんも知っている感じで、ギターソロをハミングしていた。

その次にはイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」である。

渋い二曲だが、コソボの風景によく合う。

やがて出発時間となった。バス停まで歩く。

観光地も色々回ったが、やはり印象深いのは人だったように思う。

複雑な過去を持つ国だけに、余計にそう思ったのかもしれない。

 

19時、バスに乗る。たまたま見つけたジャファケーキを夕飯とした。

恐らくモンテネグロもボスニアもThreeのSimではダメだろうと踏み、コソボにいるうちに情報をなるべく集めたくて情報収集していた。

バスは古く、コンセントやwifi、トイレは当然無し。椅子はレバーが付いているものの、後ろに倒すのは人力。

自力で少し後ろに力を入れないと、戻る。

 

どうもこの辺りは長距離になればなるほどバスの質や待遇が落ちる気がする。観光地回るバスにはトイレもwifiもあるのだが…そんな事を考えて、前述のセルビアの兄ちゃんとビザールギターの話をしていた。

ドライブインでパンや水、チョコレートを買い込む。

トイレ休憩が終わり、バスに戻る。

夜は長い。

エンジンをかけるが、セルは回るがすぐ落ちる。

何度か繰り返すがかからない。

「え、まさか…」

故障である。エンジンがかからない。

そのうち、乗員乗客力を合わせて押しがけを始める。バスの押しがけなんて初めて見た。

周囲は森、というかもう山に近い。時刻は夜10時近く。いかに日が長いとは言え、もう真っ暗である。

状況が状況で、もう笑えて来てしまった。

僕としてはポドゴリツァでのトランジットが4時間半もあるため、少しくらい遅れてもたどり着いてくれればいいくらいに思っていたこともあるが…

結局押しがけでもエンジンはかからず、バスを降りる事に。

近くに座っていたおっちゃんに聞く。

「エンジン、かかんないの?」

「そうだ…笑」

もう、笑うしかない。

どーすっかなーと考えていたら、代替のバスがすぐに来た。

しかも、こちらの方が新しい。車内のテレビからはこの辺りのヒット曲らしきMVが延々と流れていた。

しかし、前のバスをどうするか手配しているのか、なかなか進まない。その間、エンジンはつきっぱなし。車内の電灯は切られていたが、テレビは入りっぱなし。

またバッテリー上がったらどうするんだか…。

そんなこんなで先へ進んで行った。

やがて国境。

バスから降りる必要がないのは楽である。

すこし時間はかかったが、スムーズだった。

もう携帯は通じなくなっていた。例のごとく国境は山間部にあるため、wifiもない。

街の方を見たが、暗い…富山から同じ風景よりも、断然暗いのである。

というか、電灯がほぼ見えない。

家が点在していることもあってか、電灯自体が必要ないのだろう。

中心から外れると、たまにレストラン、スーパー、車屋がある程度である。

しかし、この暗い山道を遅れを取り戻さんとぶっ飛ばしているのである。

先ほどのバストラブルで1時間ほどロスしていたが、真夜中の山道をありえないスピードで爆走していた。

もう何も考えたくなかった。恐ろしい…。

ポドゴリツァは終点ではないので完全に寝ることはできなかったが、仮眠やうつらうつらと時間は過ぎて行った。