PRINCEとは
1978年、弱冠19歳にしてワーナーブラザーズとアルバム3枚で100万ドルの契約金、そしてセルフ・プロデュースの権利まで獲得した鬼才、プリンス。
ギター、ボーカル、ベース、キーボードといったバンドを構成する楽器はもちろん、パーカッションやエンジニアリング、さらにはダンスやプロデュース業までハイレベルにこなすマルチプレイヤー。
強い影響を受けたジェイムズ・ブラウンからのファンクをベースとしつつも、自身が管楽器だけは習得できなかったため、その代わりに当時最先端だったシンセサイザーを効果的に利用しました。
ロックやジャズ、その他さまざまな音楽を吸収、消化し「ミネアポリスサウンド」と呼ばれるジャンルの立役者として活躍。
その最たる例は1984年の「パープル・レイン」。同名の劇場版とともに大ヒットしたアルバムでした。
その後も時代に合わせつつも独特の世界観は失わず、2016年に惜しくも他界するまで非常に多作家として知られ、毎日のようにレコーディングをしていたこともあり、リリースされず彼のスタジオ・コンプレックスであるペイズリー・パークの金庫に眠っている楽曲は、アルバムにしておよそ100枚以上とされています。
あまりにもマルチプレイヤーなポップスター故、ギタリストとしての評価はあまり高くないことでも知られていますが、2007年のスーパーボウル・ハーフタイムショーにおけるパフォーマンスではほとんどの楽曲でギターを使用。ギタープレイヤーとしてのバイタリティを世界で番組を視聴していた約3億人に見せつけました。
今回はそんなプリンスの使用機材に迫ってみたいと思います。
プリンスの使用機材
プリンスが主に使用していたギターは、ハイエンドやフルオーダーの物もありますが、代名詞「マッドキャット」をはじめ、実は10万円ほどのギターが主。ヴィンテージやギターそのものの癖が強い物は使用せず、あくまでも機能性重視の、出音の素直な自分に合うギターが好みだったようです。
また、ピックアップはほとんどのギターにEMGを搭載。ノイズの少なさやエフェクトの乗りの良さが気に入っていたのかもしれません。
また、プリンス自身の体格に合わせ、小さめのボディ、薄くて細いネック、軽くてバランスの良いギターを主に使用しており、立ち上がりの早く、高域がしっかりと出る木材であるメイプルが使用されているギターが好みだったようです。
ELECTRIC GUITAR
・HORNER HG-490/H.S.Anderson HS-1→H.S. TE80 ”MAD CAT”
プリンスの代名詞ともいえる日本製のテレキャスタータイプ、マッドキャット。
プリンスは1980年にリリースした3rdアルバム「DIRTY MIND」のツアーにおいて使用するギターを探しており、地元・ミネアポリスの楽器店、ナット・クーピーストアを訪れた際に1977年製のデッドストックだったマッドキャットを発見。200ドル(当時だと1ドルが約235円のため、大体4万円後半程度)で購入。
ヒョウ柄のピックガードが装着された派手なルックスもさることながら、サウンド面、使い勝手でも大いに気に入ったプリンスは、このマッドキャットを生涯に渡り、ライブ・レコーディング問わず愛用していた。
マッドキャットはドイツのギターメーカー、HORNER社がOEMを委託していた日本のギターメーカー、H.S.Anderson社が製作していた輸出モデル。
見た目こそオーソドックスなテレキャスターだが、オリジナルのピックアップはストラトキャスターのようなもので、巻き線が太くターン数が少ない通常のテレキャスタータイプのピックアップとは異なり、ターン数も増やしたためパワーも音も太くなっている。
その後、フェンダーのヴィンテージノイズレス・ストラトキャスターに交換され、最終的にキンマンのピックアップが載っていたそう。
ブリッジもストラトのようなハードテイルタイプになっている。
ボディも拘り抜かれており、小さなメイプルのピースを組み合わせたものをコアにし、カッタウェイのあるテレキャスターの形に合わせ、カッタウェイのある側だけはメイプルを余分に詰めたことで全体の質量が一定になり、低域と広域がバランス良く鳴るという。
フレイムメイプルを張り合わせた上で左右のボディサイドの間にウォルナット材を挟み込んである。(ボディ下のセンターの茶色い部分がウォルナット)
ネックも独特な発想で製作されており、ネックの裏のセンター位置を低音弦側にずらしたことにより、握りやすくなっている。この事もプリンスが気に入った理由として大きいだろう。
塗装はバイオリンの塗り方をベースとしており、バイオリンの学校のニス学者のノートを参考に、木地に直接色を塗ってから仕上げに入ることで、木を根詰まりさせず、殺さないようにしたとのこと。
ペグはシャーラーが装着されている。ヘッドにはリテイナーが二つ装着されている。
プリンス自身はボディの裏をザグッてワイヤレスのトランスミッターを内蔵。その後、ワイヤレスも取り外し、空洞には吸音材が詰められてカバーをつけられている。そのため、比較的軽量とのこと。
実はプリンスはマッドキャットを2本所有していたが、気に入っていたのは最初に購入したものだとのこと。
パープルレインのレコーディングの際に、サドウスキー社で有名なロジャー・サドウスキーにマッドキャットを2本レプリカとして制作を依頼。
一本は映画のクライマックス、”Baby,I’m a Star”のシーンで「射精するギター」として改造されている。
もう一本はワイヤレスが内蔵されたタイプで、ザ・レヴォリューションのウェンディも使用したことがあるとのこと。
・Cloud Guitar
映画「パープル・レイン」でキー・アイテムとして使用された独特なモデル、クラウドギター。
プリンスのオリジナルモデルというわけではなく、マッドキャットを購入したミネアポリスのナット・クーピー・ミュージック・ストアのギタールシアー、デイヴィッド・ルサンにより1979年ごろに製作された。
ほとんどのクラウドギターのスペックは共通しており、ピックアップはEMG SAと 81の組み合わせ。これは後述するフェンダー・ストラトキャスターやシンボル・ギターでも踏襲され、プリンスの代名詞的組み合わせとなる。
ボディやネックはおおむねマッドキャットをベースとしており、ネックは24.75インチのミディアムスケールのスルーネック。フレットは22で、ミディアム・ジャンボ。
ネック・ボディ、指板のすべてがメイプルで、立ち上がりの速い音を好んだプリンスらしいスペックといえる。
ペグはシャーラーM6。
もともとはギターではなく、ベースとして製作されたものをプリンスが気に入り、ギターバージョンをオーダーしたものが「パープル・レイン」で使用されたホワイトのもの。
この最初に製作されたホワイトのクラウドギターは、1986年の「パレード・ツアー」の最終日、横浜スタジアムのライブにてプリンス自身の手によって破壊された。この日はザ・レボリューションとの決別の日でもあった。
他にもブルーやピーチ、ブラック、イエローなども製作され、六本木のハードロックカフェにはプリンスによって贈られたイエローが展示されている。
フロイドローズの物も製作されていたようで、2016年にオークションに出品された。
プリンス、90年代のメインギターのひとつ「イエロー・クラウド」が13万7500ドルで落札
ブルーの物はシェクターによって製作され、2000年代も使用された、プリンスの移行もすべて反映された、クラウドギターの集大成といってもいい一本。
余談というか、クラウドギターで有名なもう一人のギタリストが存在する。
LUNA SEAのギタリスト、SUGIZO。
彼自身が熱烈なプリンスファンということもあり、LUNA SEAのデビュー後から数年間、このクラウドギターをモデルにESPによって製作された自身のシグネイチャーモデル「PR」シリーズを使用していた。
プリンスのクラウドギターをそのまま踏襲し、自身が好んでいたフロイドローズを搭載したPR-Ⅱ、3シングルを搭載したPR-Ⅲ、現在も使用する、12弦、6弦、フレットレスのトリプルネックギターであるPR-triple neckを愛用している。
さらに余談だが、廉価版も多数販売されたため、海外でプリンスのトリビュートライブを行っている人でも、比較的手に入りやすいこのSUGIZOモデルを使用している人がいる。
・MODEL C
Nude Tourにて使用された、ボディとヘッドをつなぐスタビライザーが特徴的なMODEL C。
後述のシンボルギターを製作したルシアー、ジェリー・アウアースヴァルトがプリンスと共同で作り上げたのがこのモデル。
スタインバーガーのギターのようにヘッドレス仕様で、チューナー部はブリッジに装着されている。その後シンボルが登場してからは使用されていなかったものの、2010年のツアーでは再び使用した模様。
カラーはホワイト、ブラック、さらにベースも製作された。恐らくこちらもピックアップはEMGのSAと81だと思われる。
・Symbol Guitar
クラウドギターと平行に、後期はこのシンボルギターを愛用していた。
今は伝説となっている2007年のスーパーボウル・ハーフタイムショーにおいて、豪雨の中繰り広げられたパフォーマンスのクライマックスに演奏された「パープル・レイン」での名演での使用がもっとも印象的かもしれない。
もともとは1994年、78年から所属していたレコード会社、ワーナーブラザーズとの関係の悪化とその抗議のため、プリンス自身が自身の「プリンス」という名を葬り去り、「the Artist Formerly Known As Prince=かつてプリンスと呼ばれたアーティスト、かつてプリンスとして知られたアーティスト」として、特徴的なシンボルマークを使用した名前へ変更したことによる。
1993年、先にコンセプトが決まっていたそのシンボルマークを象ったギターを製作。先述したMODEL Cを製作したジェリー・アウアースヴァルトに依頼し、製作された。
クラウドギターと同じくスルーネック、ネック、ボディはメイプル。アンティークの家財から採られたものだそう。
最初期のモデルはゴールドカラーで、ボディ、ネック、指板、すべてがゴールドに塗られていた。
12フレットにはシンボルマークが、19フレットにはハートのインレイが入っていた。
本来はシンボルの円の部分は空洞だが、ギターにする際はそういうわけにもいかず、代わりに金属製のプレートが嵌められ、そこにリアピックアップとブリッジを搭載。
ピックアップはクラウドギターを踏襲し、EMG SAと81。ボディ・カラーに合わせてフロントピックアップは塗り替えられている。
トラスロッドカバーはヘッドの形に準じており、ヘッド部分の強化も兼ねている。
ネックはクラウドギターと同じく24.75インチのミディアムスケール、フレットも22のミディアム・ジャンボ。
このジェリーが製作したモデルをツアーに持ち出すのはためらわれたようで、クラウドギターを別に製作したギターテックのジーン・クラークとアンディ・ビーチによってホワイトとブラックが製作された。
こちらはマホガニーが使用されており、ブリッジもハードテイルが採用されているなど、弱冠のスペックの相違がある。
プリンスは演奏が終わるとギターを放り投げることがあるが(スタッフが受け止める)、ホワイトとブラックはその際にスタッフが受け止めそこねたため、落下して破損。
様々な試行錯誤の末、ジェリーの製作したオリジナルのシンボルギターをシェクターUSAに送り、そこから新たに製作されたのがパープルのシンボルギター。
ここで初めてフロイドローズが搭載されることになる。シェクターはその後、ゴールドやダークグリーン、ゴールドメタルフレークなどのシンボルギターも製作し、全体的なメンテナンスもシェクターに依頼していた。
プリンスは前述の通りステージでギターを投げるため、損傷・破損することも多く、マッドキャットやシンボルやストラトもシェクターがメンテナンスを担当することになる。
なお、クラウドギターとシンボルギターは共にナット幅が狭く、ネックも薄く細いとのこと。弦高は1弦で1.25、6弦で1.50mmほどとのこと。
・Gibson L-6S DELUXE
1978年のデビュー時~DIRTY MIND期ごろまで使用していたのがGibson L-6S DELUXE。
1972年にピックアップで有名なビル・ローレンスによってデザインされたL-6sのデラックス版として販売されていた。
ボルトオンジョイント、メイプルボディとメイプルネックで、のちに愛用するギターとの共通したスペック。プリンスが使用していた理由はおそらく、尊敬するギタリスト、サンタナが使用していたからだと思われる。
ナチュラルカラーで、ピックアップのカバーを外した後ボディの周囲にスタッズを打ち込んで使用していたものの、その後ボディを一回り小さくカットし、ヒョウ柄の布をボディトップに張り付け、ヒール部分も深くカットされて使用していた。
レスポールを平面に薄くつぶしたようなシェイプと大きさで、その後のギター遍歴を考えるに、恐らくプリンスには少し大きくて取り回しにくいギターだったのでは。
・Fender ’60s Telecaster
L6-Sと併用していたのが、67~69年製の貼りメイプルのテレキャスター。
ボディの塗装ははがされており、ミラー・ピックガードに交換、フロントピックアップはストラトの物に変更していた。
テレキャスターは、72~76年製の物を80年代中ごろに使用していたこともあるとのこと。
・Sadowsky Telecaster Type
マッドキャットをオーダーした際、別に2本のテレキャスタータイプのギターもオーダーしていた。一本はすべてパープルに近いブルーに染められ、バラなどのグラフィックがボディトップに施されている。マッドキャットに近い仕様で、80年代中盤に少しだけ使っていたそう。
また、ピンクのバージョンも存在。
・Epiphone Japan Emperor J 90’s
Graffiti Bridge~Diamond&Pearls期に入手し、気に入って使用していたのがEpiphone JapanのEmperor J。
USA製の58~70年に生産されていたオリジナルモデルよりボディが少し小さく、Gibson L-5とほぼ同じサイズ。サンバーストとナチュラルを使用していた。
Epiphone Japanの製品は高騰してるが、JOR PASSモデルのemperorは現在でも安価で手に入る。
・Ibanez GB-12 George Benson Model
ジャズ/フュージョン界の巨人、ジョージ・ベンソンのシグネイチャーモデル。
ほとんどのギターに手を加えることでも知られるプリンスだが、このギターに関しては無改造のまま使用している。
GB-12はジョージベンソンのデビュー12年を記念して1990年に発売された物。プリンスの物はプロトタイプで、ナチュラルフィニッシュの非常に珍しいものだという。こちらもIbanezのため、日本製。
・Fender Mexico classic series Stratocaster Custom Daphne Blue
2000年代中頃からはクラウドギターの代わりにストラトを多用することになる。中でも気に入っているのか、使用頻度が高かったのがこのソニックブルーのストラト。
メイプルワンピースネックのヴィンテージタイプで、やはりピックアップはEMG SA+81に変更されている。ブリッジはフロイドローズ。
余談だが、このソニックブルーのストラトは長年カスタムショップ製だと思われてきたようだが、実際はメキシコ製。そして、来日した際(時期的に2002年の来日時?)に偶然見つけて購入したらしい。
ソニックブルーと記載されている資料もあったが、色合い的に(ソニックブルーはもう少し薄い色)ダフネブルーだと思われる。
その他、フェイスタレッドやオレンジ、ホワイトなども使用。
・Fender Japan STS SERIES Stratocaster ?
確定ではないのだが、Fender Japanらしきストラトを使用していた可能性がある。
80~90年代にフェンダージャパンから販売されていたSTSシリーズは、ストラトだがボディを少し小さめに、ネックはショートスケールにしたモデル。ヒールレスカットされており、ネックプレートもカットされている。
customshop製でもヒールレスカットされているモデルはあるが、ショートスケールのストラトはやはり日本製しかない。
・Fender Custom shop All Gold Lief Stratocaster
2010年に使用していた、フェンダーカスタムショップ製のストラト。2本オーダーし、一本はラージヘッドで3シングルコイル、もう一本はスモールヘッドにフロイドローズ、EMGピックアップという仕様。ネック、ボディ、指板まで金箔が張られた豪華なギター。
後者は気に入らなかったのかチャリティーオークションに出品され、F1ドライバーのルイスハミルトンが10万ドルで落札した。
前者は2010~2012年に行われたツアーで使用。
・VOX HDC-77
3rd Eye Girl期から晩年のプリンスのメインギター。
人間工学に基づいて設計されたボディ、シングルとハムを一つにまとめて切り替え可能にしたCoAxeピックアップと、ネックジョイントも深く切り取られ入フレットまで弾きやすいといった、新しいタイプのギター。
サイケデリックペイントされたものと、ノーマルのサンバーストの二本を使用していた。
こちらはそのさらに廉価版。
Acoustic Guitar
・Taylor 612ce custom made Purple Finish
エレキギターに比べて登場することは少ないものの、時折アコギも使用するプリンス。
主にテイラー製のギターを使用しており、84年、パープルレインのレコーディングの際に12弦ギターをオーダーしたところ、ジャンボボディ、メイプルサイドバックの655をモチーフとしたモデルを製作。
それ以来テイラーのアコギを愛用している。
現在はこの612ceをパープルに塗り替えたモデルを使用。やはりほかのモデルよりも小さめのボディが特徴。ほかにも、414ceも使用している。
・Taylor T5
通常よりもボディ厚さの薄いエレアコモデルのT5も使用。
こちらもパープルに塗り替えられている。
まとめ
プリンスのギターについてご紹介しました。
前述の通り、値段や価値などではなく、自分に合うギターを選び、改造して使用していたプリンス。
常にレコーディングを続けていた彼は、自分の頭の中にあった音楽を素直にアウトプットできるギターを選んでいた印象があります。
どうしても値段で善し悪しが決められがちなギターという楽器ですが、彼の類まれなる才能を支えたギターたちを知ることで、得るものがあるのではないでしょうか。
なるほど
SA + 81の組み合わせ多いんですね